黒猫の見る夢 if 第4話 |
「いい、スザク君。猫は猫舌という言葉があるように、熱い物は苦手なのよ。いくら体が冷えていて温めないといけないからって、ミルクを温めて飲ませちゃだめなの。その上、仰向けで飲ませるなんて、気管に入るのは当たり前でしょう?」 まさかパックごと鍋で温めて、熱々の状態で飲ませたなんて! ルルーシュの処置を終えたセシルに、スザクは延々と説教をされていた。スザクはその体を小さくし、うなだれながら大人しくセシルの言葉を聞いている。 ルルーシュが本当に今すぐに死にそうになっていたため、スザクは大急ぎでキャメロットに走って来た。あまりにも慌てていたため、上半身裸のままでだ。そのため、今はロイドの予備の白衣を借りていた。 「それで、あの、ルル・・・えと、その、猫は大丈夫でしょうか?」 小さな声でおずおずとそう訊ねると、セシルは眉尻を下げ嘆息した。 「名前つけたのね。ルルちゃんて言うの?可愛い名前ね」 口元に笑みを浮かべながら、セシルはそう言った。 「え、あ、はい。それで・・・」 「大丈夫よ。ただ、喉が少し焼けてしまったから、かなり痛いと思うの。気管の方には入らずに済んだみたいだけど、もし入っていたら命にもかかわるのよ?」 これからは気をつけてあげてね。 「わかりました。・・・じゃあミルクは冷たくして飲ませた方がいいですよね」 火傷は冷やさなければいけない。 体は温めるのだから、飲むものは冷たくても大丈夫だろう。 そう思い聞くと、セシルは眉を吊り上げ、怒鳴った。 「駄目よ!お腹を壊してしまうわ!ミルクも食べ物も常温でいいの。ミルクを温めるなら人肌にまで冷まさないと駄目!」 「は、はい。」 スザクはその剣幕に押され、こくこくと頷いた。 そして、自分の考えは子猫に通用しないこともようやく理解した。 もしかしたら自分の不注意な行動でルルーシュを死なせてしまうかもしれない。 部屋に戻ったらネットで情報を集めて、あと猫の飼育に関する本を買わなければ。 「皇帝ちゃんから貰ったんでしょ?大事にしないと色々面倒だと思うよぉ?」 それでなくても、良くまだ生きてるなって思うほど、衰弱してるんだしさぁ。 痩せ細った原因が他にあるかもしれないと、見知らぬ機械の置かれたこの部屋でルルーシュの検査をしていたロイドにまでそう釘を刺され、スザクは再び項垂れた。 「・・・はい」 「今点滴をするから、もう少し待っていてね」 セシルは謎の機械からルルーシュを取り出すと、その背中に点滴の針を刺し、外傷が無いかも確認を始めた。 どうやらその小さな四肢に、信じられない量の注射針の痕跡が残っているらしく「歩くのも痛かったでしょうに」と、セシルは泣きそうに顔を歪めながら、傷に薬を塗った。 移動され、触られて、針まで刺されていると言うのに、バスタオルに包まれたその体は何も反応せず、そんな姿をスザクは見ていられず、視線を逸らした。 手持ち日沙汰になったスザクは、ロイドが何やら端末を操作し、検査結果が出るまでの暇つぶしにと、映像を見ていることに気がついた。 「何を見ているんですかロイドさん?」 「ん~?行政特区の真実、かな~」 「え?」 あまりにもあっさり返された答えに、一瞬耳を疑った。 今何と言った?行政特区の真実? スザクは慌てて画面を見た。 幾つもの画面に分割されたあの日の映像。 そこに映っているのはゼロ、ゼロ、ゼロ。 その姿に、抑えていた怒りが湧き上がる。 「これ、は?」 思わず低い声で訊ねてしまったが、ロイドはそんな事を気にする様子は無く、いつものヘラっとした口調で答えた。 「あの日のマスターテープをね、極秘で入手することが出来たんだよね~。いや~もう少し遅かったらぜーんぶ処分されていたよぉ」 これってラッキーだよねぇ。 「マスターテープ?」 「そ、あの日テレビのカメラが10台入っていてね、そのカメラ全部軍が回収したでしょ?それに入ってたテープだよぉ。ちょ~っと気になってた事があってさぁ」 「気になってた事?」 「そ、気になった事。君も見る?もしかしたら面白い事実が解ったりするかもよ?」 どうせ結果が出るまでもう少しかかるんだから、暇つぶしにもなるよ。 ロイドはそう言いながら、映像データを一つクリックした。 そこに映し出されたのは、あの日の行政特区設立宣言の会場。 ユーフェミアが奥の通路から走ってマイクに向かうあのシーンだった。 僕が見た映像は、この後彼女のアップに切り替わるのだが、そのカメラは彼女が来た通路を映し続けていた。ユーフェミアの、日本人に向けての発言が聞こえた頃、通路に誰かが走ってくる姿が見えた。 「ゼロ!?」 そう、ゼロが走って来たのだ。だが何かおかしい。いつも冷静に、まるで舞台で演じている役者のようなゼロが、完全に取り乱しているような、そんな走りだった。 そのゼロを、警備の兵が押しとどめる。 兵の影で良くは見えないが、ゼロはどうにかしてその包囲を突破しようとして足掻いているようにも見えた。 「残念ながら音声は拾えていないんだけどね。僕はこんな風に感情をあらわにして行動をしているゼロは初めて見たよ。それが気になってね、この式典で虐殺が起きている時のユーフェミア様ではなく、ゼロが何をしていたのか、繋ぎ合わせてみたんだ」 これがその繋ぎ合わせた映像だよ。 つまりここには、あの日ゼロが何をしていたのか映し出されていると言う事。スザクは眉根を寄せ、険しい表情でその画面に食い入るように見つめた。 聞こえたのは一発の銃声。 そして彼女の日本人を殺せと言う命令。 その後画面は切り替わった。 「・・・え?」 そこにはスザクが予想していなかった物が映し出されていた。 そこに映っているのは、何度も何度も兵に邪魔され、銃撃を受けながらも、ユーフェミアの元へ向かおうとするゼロの姿。体力に難のあるルルーシュからは想像できないほど機敏な動きで、長い距離を休むことなく必死に走っていた。 幾度も兵に阻まれながらも、辛うじてその手を逃れ、その場を一時離れるが、隙をついて再びユーフェミアを目指す。 ゼロとしてはありえないほどの危険を冒し、それでもどうにかユーフェミアに近づこうと、手を尽くしている。 そうとしか見れない姿だった。顔は仮面に隠れて見えない。 でもその動きで、間違い無く何かを叫んでいる事が解る。 その時、すでに放置されたカメラの一台に、近づいてくるゼロの姿が映し出された。 『ゼロだ!撃て!殺せ!!』 そう叫ぶ声と激しい銃弾の音が響き渡る。だが、スザクの耳には確かに聞こえた。 『やめろ!やめるんだ!君はこんな事をしてはいけない!もうやめてくれ!!ユフィっ!!』 仮面の男は悲痛な声で、そう叫びながらカメラの前を通り過ぎたのだ。 絶対にゼロが口にしてはいけない言葉。 ブリタニアの皇女殿下の愛称。 それをこのゼロは躊躇うことなく叫んでいた。 これはゼロではない、ルルーシュだ。 ユーフェミアの兄であるルルーシュとして虐殺をおこなう妹を止めるために身の危険も顧みず必死に走り、叫んでいるのだ。 スザクはその事に気がつくと、ざわりと全身に鳥肌が立ったのを感じた。 幾度もカメラは切り替わり、やがて日本人の女性に縋りつかれたゼロはその場に立ちつくした。その女性が崩れ落ちると、それまでとは一転、ゆらりと、緩慢な動作でゼロは歩き出し、奥の通路へその姿を消す。 そこで映像の再生は終わり、画面は停止した。 「これで全部かな、次に現れたゼロは、ナイトメアから降りてユーフェミア様を撃った。これがあの日の行政特区でのゼロの行動。結構おもしろかったでしょ?」 口元に笑みを乗せながら、ロイドはそう言った。 鳥肌が治まらない。なんだ、僕は今何を見た? あのユーフェミアを虐殺皇女に仕立て上げるため操ったのは、ルルーシュであるゼロだとV.V.はそう言ったし、ルルーシュもあの神根島の遺跡の前で、肯定するような発言をしたはずだ。 そして全ては過去だ、終わった事だと言い切った。 そう、だからルルーシュがユーフェミアを自分の意思で・・・。 だとしたらこれは何なんだ? わからない、何なんだこの映像は。 これもルルーシュが、ゼロが今後の為に残した布石の一つか? そうでなければいけないはずだ。 「これって、どういう・・・」 ああ、寒い。体が震えて仕方がない。何なんだ。一体何だこの映像は。 「さあね。僕にも解らないけど、少なくてもゼロは放送の事など忘れて、完全に取り乱してたみたいだよね。それにね、まるでゼロは・・・ユーフェミア様の知り合いみたいだ」 その言葉に、スザクはぎくりと体を強張らせた。 「電波ジャックされて流された放送、色々と編集されていた事は知ってるよね?僕も流石にあの皇女殿下が乱心なんて、何かがおかしいなあって思って、本当は何があったのか知りたくなってね。極秘にマスターテープ手に入れたってわけ」 まあ、これを見ても、皇女殿下の乱心の理由なんてさっぱり解らなかったけどね。 「最初はゼロと二人きりになった事に原因があるかな~って思ってたんだけど、ゼロのこの様子じゃ、完全にゼロはこの事態、想定外だったみたいだし」 想定外? そんな事有り得るのだろうか? V.V.は断言した。 ルルーシュは肯定した。 二人の答えは同じだった。でも、真実は? ロイドの投げかけた謎に、スザクは何も応える事が出来ず、ただ画面を見つめていることしかできなかった。 |